2017年1月29日日曜日

『エサウの歴史』





 1月29日(日)は、『エサウの歴史』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを取り次いで
いただきました。

 旧約聖書、創世記36章1節~43節。イサクの息子、ヤコブの兄エサウから、神様に
敵対し、ヤコブの子孫イスラエルの歩みを妨げるエドム人が生まれました。この創世記
36章は、そのエドム人の歴史が書かれてあります。

聖書の中心は、アブラハム、イサク、ヤコブであり、イエスキリストに繋がっています。
どうしてエドムの歴史が書かれているのでしょか?それは、神様は全ての人を造られ、
神様にとってどうでもいい人はいないからです。

 もし神様が、中心であるイスラエル人だけを見ておられるとしたら、私たち異邦人や、
神様に無関心な人、偶像礼拝をしている人は救われません。しかし、神様は、
そのような中にある1人ひとりにも関心を持っておられるのです。

 私たちも、自分の周りにいる人に、神様のまなざしを思い、関心を持って歩んで
行きたいと思います。

 さて、和解をした後、ヤコブとエサウは、2人が持っている家畜を養うだけの広さがない
ため、エサウは兄でありながら家族全員を連れて他の地に移って行きました。神様が
約束してくださっていたカナンの地から簡単に出て行ったのです。エサウには、神様を
求める思いや、神様への恐れが全く抜けていたのです。

 しかしながらエサウは、神様に無関心でありながら急速に栄えていきます。この世の
中でもそういうことがあるかもしれません。しかし、この世の繁栄はいずれなくなって
しまいます。

 神なき豊かさではなく、神と共に歩む道を、私たちも歩んで行きたいと思います。


 今日は素敵な再会がありました神様感謝致します!









 






2017年1月22日日曜日

『韓国ビジョントリップ』


韓国 馬川(マチョン)セゲロ教会から、中学生12人と先生方3人が
ビジョントリップで来てくれました。

1月22日の礼拝に韓国の馬川(マチョン)セゲロ教会の中学生と先生方が、ビジョントリップで当教会を訪問くださいました。

素敵なワーシップダンス、日本語での賛美、心打たれる証しと、盛りだくさんに私たちに信仰の素晴らしさを伝えてくださいました。

何かと両国間の問題が話題になっていますが、私たちは主にあって皆兄弟です。両国がますます友好的な関係を築いていけるよう祈っていきたいと思います。
「ワーシップダンス」と「日本語の賛美」
「あかし」をありがとうございます。
礼拝後に記念撮影 「はい。キムチ~!」


2017年1月8日日曜日

神に喜ばれる生き方とは


1月8日礼拝説教「神に喜ばれる生き方とは」
ヘブル人への手紙 11章1~6節 

1/8の礼拝では、1991年から1993年12月まで当教会の副牧師をされていた名古屋西福音自由教会の服部真光先生がメッセージを取りついでくださいました。
先生は草加で奉仕されていたときに、突然に名古屋への導きがあり「なぜ名古屋へ?」と戸惑われたそうです。
しかし「あなたは私の示す地へ行け」とおっしゃる神に信頼し赴任されたとのことでした。
神に喜ばれる生き方とはどのようなものか、主の祝福につながるにはどうしたらよいか、先生が求めてこられた信仰の歩みの中から、今回説き明かしてくださいました。

<要約>
へブル書には信仰の先輩たちの生き様が簡潔に示されている。
1・2節に「称賛される信仰」、4節に「神に受け入れられる信仰」、5節に「神に喜ばれる信仰」。
クリスチャンとして生きることそのものが素晴らしいが、より神に喜ばれる信仰の成長をとげていくことが大切。
それは神に近づいていくことであり、以下の二つが6節に示されている。

1)神に近づく者は、神がおられることを信じる。
クリスチャンでなくても「神がどこかにいる」と思っている人は多いが、これは「創造主」を信じることとは異なる。
神に近づくということは、「インマヌエル=神」が私たちのそばに、私たちと共におられることを信じることである。
イエス様はおっしゃった「私はあなたと共にいる」と。
へブル13:5「主ご自身がこう言われる。私は決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
道が開かれることも閉ざされることもあるが、どんな時も神が共にいて自分を見放しておられるわけではないことを信じることが大切である。

2)神に近づく者は、神が報いてくださる方であることを信じる。
神に求めることは間違いではないが、要求ばかりになってはいないか。
神に近づく者とは神を求める者のことである。
病の癒しを求めるときには、病の中でそれに耐えて乗り越ええられるようにと祈り求めるのが望ましいのではないか。
神の臨在を苦しみの中でも覚えることができるようにと祈る。
私たちが生きている場所で、私たちと共にいて下さる神を探し求めていきたい。
箴言3:5~6「心を尽くして主に依り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」

2017年1月1日日曜日

『元旦礼拝』


 2017年1月1日(日)、元旦礼拝のメッセージは、創世記1章5節、8節より。
『栄光の朝を待ち望む』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。

 

 「神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。
夕があり、朝があった。第一日。」


 「神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝が
あった。第一日。」