本日の礼拝は、『隠れた所で見ておられる神』というタイトルで高尾牧師より
メッセージを取り次いでいただきました。マタイの福音書6章1節~4節。
困っている人に施しをすることは大切な働きです。しかし、その動機
(なぜするのか)がどこにあるのかとイエス様は問われます。相手のため、
のためにしようとしているのか、他の人から褒められたい、立派だと思われ
たいからするのか。「人に見せるために善行しないように気をつけなさい」
と、イエス様は言われます。
私たちは、自分がしたことを人に言いたいところがあります。良いことを
して褒められると嬉しいですが、イエス様は自分のしたよい行いを誰にもしら
れないようにしなさい、自分でしたことを忘れるようにと言われるのです。
ではどうすれば、人に褒められることから解放されて、本当の愛に生きること
ができるのでしょうか。イエス様は父なる神様が自分を愛してくださることから
くる深い満足感、親密感をもっておられました。私たちも、神様のとの時間、
神様への祈りが必要です。そして何より、神様の御声を聞くことです。
この世は、「~したら愛される、認められる」という条件付きです。しかし、
神様は無条件に「私の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛して
いる」と言われます。その声を聞きつづけるとき、他の人の評価があってもなく
ても、言っても言わなくても、ぶれることなく歩むことができるのです。
そして、その行いに対して神様が報いてくださるのです。人から褒められ
ると、人からの報いを受け取ったことになり、神様の報いは受けられません。
神様の報いは豊かです。天の父なる神様は、私たちが隠れたところでしたこと、
思うこと、その一切を見ていて下さり、理解し、正しく評価してくださり、間違
いなく豊かに報いてくださるのです。そのことを信じ、愛のわざをすることが
できますように。。
Oritaさん、いつも奏楽ありがとうございます(^_-)-☆
Shihoちゃん、子ども賛美のリードです♪
礼拝の中で聖餐式がもたれました。
こうちゃん、ピアノ上手です♪
来週のパフォーマンスタイム!
大トリはこの方ざます(^^)v楽しみ~