2017年11月26日日曜日

『のろいから祝福へ』


 本日の礼拝は、『のろいから祝福へ』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。新約聖書マルコの福音書14章12節~25節。

 イエス様と弟子たちの最後の晩餐は、過越しの祭りの料理でした。イエス様の
最後の食事が過越しの祭りの食事であったことは大きな意味があります。イエス様は、
私たちの罪の刑罰が過ぎ越されるために、ご自分が過越しの子羊として死のうとされて
いたからです。

 その食事のとき、「私を裏切るものがいます」と言われました。ユダでした。
ユダはお金を預かっていながら盗みを重ねていました。盗みを重ねることによって
イエス様のそばにいることに居心地が悪くなっていったのです。ユダはイエス様を
裏切って出て行きました。

 同じように居心地が悪かったのは、ペテロです。決して主を裏切らないと言って
おきながら、三度も知らないと言いました。しかし、ペテロはとどまり続けました。
とどまり続けることによって、ペテロは主によって変えられていったのです。

 罪とは、神を神とせず、ほかのものを慕い求めることです。ユダはほかの弟子たち
の前ではいい顔を見せていましたが、イエス様はユダの心を知っておられました。
イエス様は私たちの隠れた罪もご存知です。

イエス様は共に生きてきた弟子のユダから裏切りを受け、死に追いやられます。
イエス様は、裏切りという行為に対して「そういう人はうまれなければよかった」
と強い言い方で非難されています。それは、関係を断ち切るだけでなく、人を信頼
することを恐れさせるからです。

 しかし、イエス様はそんなユダの裏切りというのろいの行為さえも受け止められ
ました。ユダが裏切ることを知りながら、彼の足を洗い、ユダのためにも十字架に
かかって死んでくださったのです。イエス様は過ぎ越しの羊として、のろいを祝福に
変えて下さったのです。









CSでは降誕劇の練習しましたよ♪



 お姉さんチームによるナレーター(^_-)-☆