2018年5月13日日曜日

『天の父の子どもとして生きる』



 本日の礼拝は、『天の父の子どもとして生きる』というタイトルで高尾牧師より
メッセージを取り次いでいただきました。新約聖書マタイの福音書5章43~48節。





 パリサイ人は、「自分の隣人を愛し、あなたの敵を憎め」と言いました。聖書の
神様は一貫として、敵を愛するように言われます。彼らはそうできないから、実現
可能なように、隣人を同胞ユダヤ人に限定し、他は憎んでもいいように変えたの
です。

 しかしイエス様は「自分の敵を愛し、自分を迫害するもののために祈りなさい
と言われます。私たちは自分を苦しめる人を愛することも、その人のために祈る
ことも、自分の力ではできません。この御言葉は、人にはできないけれど、どんな
ことでもできる神様のところに行くようにと招いているのです。

 父なる神様はどのような方でしょうか。ご自分の太陽を悪人にも善人にものぼ
らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるお方です。自分が神の
前にどのような者か知るとき、この御言葉は恵みのみことばです。神の愛は、相手
を選ばない。父なる神に不愛想で、敵意さえもっていた私たちを見捨てることなく、
ひとり子イエス様に私たちの罪の罰を負わせられた。

このことを信じ、受け入れたとき、全ての罪が赦され、神のこどもとされる特権が
与えられるのです。神の子になるために、敵を愛するのではなく、愛せない自分を
認め、主の前に出るとき、神の子としていただくことができるのです。

 それでは、どうすれば敵を愛し、迫害する者のために祈ることができるのでしょ
うか。それは神が私の天の父であることを覚えることです。神様が親であるという
ことは、神様の性質を受け継ぐものとされているということ聖霊が私たちの心に
住んで下さり、神様の御心を教え、満たし、導いてくださるのです。

 自分を愛する人を愛する愛は誰もが持っています。しかし、神様が示される愛は
それとはまったく違うものです。良きサマリヤ人のたとえがありますが、彼は敵対
関係にあったユダヤ人を助けるかどうか、葛藤したことでしょう。しかし、彼は助
けました。感情的に好きだったわけではないけれども、愛の手を差し伸べたことに
よって、敵対関係から隣人の関係に変わったのです。




EMINORIコンビで賛美リードです♪





聖餐式がもたれました。



 子供たちからカーネーションのプレゼントです(^^)v




新会堂案の一例です!夢が膨らみますね♪ムフフ♪




男性ポットラック!昼食の交わりです!
ありがとうございました&ごちそうさまでした(^_-)-☆
  


さつま芋の苗を植えつけました!
秋には焼き芋パーティよ☆