2015年9月12日土曜日

『安息日の解放』


 9月6日の礼拝は、『安息日の解放』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。
 
 新約聖書ルカの福音書13章10節~17節。18年の間、サタンの仕業によって
腰が折れ曲がり、病の中にいた女の人がいました。その人が、安息日の礼拝で
イエスキリストに癒されたのです。

 イエス様は、その女の人の苦しみをよく分かっていました。しかし、会堂管理人は、
女の人が癒されたことを一緒に喜ぶどころか、安息日は仕事をしてはいけない、
それをやぶったイエス様を責めたのです。それに対してイエス様は、「安息日で
あっても、家畜に水をやるでしょう。だったら尚更のこと、神様に愛されている人の
必要に応えて悪いわけがないじゃないですか。安息日は、神様に愛されていることを
覚える日です。」と答えたのです。

 そうです。安息日は、どんな私たちであっても、神様が愛して受け入れてくださって
いることを覚え、それを感謝する日なのです。

 私たちは、この女の人のように腰は折れ曲がっていないかもしれませんが、何かに
心がしばられていることがあります。神様の喜ばない罪を犯してしまったり、傷ついて
心がいじけてしまったり、神様を見上げることができないでいることはないでしょうか。

 イエス様は、私たちを自由にしてくださる方です。命をかけて愛してくださっている
のです。イエス様の前に進みましょう。まっすぐに神様を見上げていきましょう。