2016年8月14日日曜日

『聖なる公同の教会』





 本日の礼拝は、『聖なる公同の教会』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。

 使徒の働き20章28節。使徒信条の「聖なる公同の教会」からです。「聖なる教会」と
告白していますが、十字軍などのように悲惨な面もあります。今の教会を見ても、
弱さや足りなさもあり「聖」とは言えないのではないかと思うかもしれません。

 しかし、聖書のいう「聖」とは、罪がないことではなく、「ほかとは区別された」という
意味です。教会とは、建物ではなく、神様が、私たち1人ひとりを特別に選んで、神様の
ものとされた者の集まりのことをいうのです。しかも、イエス様は、十字架にかかって
命をさしだすほど、教会を愛しておられるのです。

 今は不完全でも、イエス様に似た者へと変えられていく希望があるのです。また、
「公同なる教会」と告白していますが、公同とは「ひとつの、同じ」という意味があり
ます。キリスト教は、歴史の中で、カトリックとギリシャ正教に分かれ、カトリックは
宗教改革によってプロテスタントと別れ、プロテスタントも様々な教派に分かれて
います。

 しかし、信じる神様はひとつ、信仰はひとつ、バプテスマはひとつなのだと、パウロは
言いました。教会によって様々な違いがありますが、違うということは、教会に与え
られた賜物は豊かであるということなのです。

 今回、カナダから兄弟姉妹が来てくれましたが、イエス様によって、国や文化を
超えてひとつとされたことは、本当に感謝なことでした。






 来聖日の礼拝は、島田博考師(聖書同盟総主事)がメッセージを取り次いで
くださいます。また午後は、聖書同盟のテキストを使って、聖書研究の導き方の
講義をしていただく予定です。