2015年5月1日金曜日

『目を開かれる主』


 4月26日の礼拝は、『目を開かれる主』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。

 新約聖書、マルコの福音書8章22節~26節。ベツサイダの村にイエスキリストが
着いた時、目の見えない男の人が連れてこられました。イエスはこの人を村から
連れ出して目を癒されました。なぜ、イエスはわざわざ村からこの人を連れ出した
のでしょうか?

 実は、ベツサイダの村というのは、神様のなさったことを見ていながらも神様を
信じない村でした。そのようなところから、イエスは連れ出してくださったのです。
イエスキリストがこの人の目を治す時、「何が見えるか」と聞きながら2回に分けて
治されました。他の人は、「イエス様は治してくださる」という強い信仰をもっていたので
2回に分けることはありませんでした。

 イエスキリストは、一人ひとりの信仰に応じて関わってくださるのです。たとえ、イエスの
ことをすぐに信じられなくても、疑ったり、試そうとしたりしていても、心の目が見えて
イエスキリストのことがはっきり見えるようになるまで見捨てないで回復してくださる
のです。

 弟子のペテロも、これまで何度もイエスのされることを見ながらも、イエスのことが
はっきり分かりませんでしたが、この奇跡を通して「イエスキリストは救い主だ」と告白
することが出来るように変えられたのです。