2017年3月27日月曜日

『驚くべき神の愛』











 3月26日の礼拝は、『驚くべき神の愛』というタイトルで高尾牧師より
メッセージを取り次いでいただきました。

イエス(さま)はぶどう園のたとえ話をされました。ある人が、ぶどう園をつくり、
石を取り除き、その石で垣根を造り、酒ぶねや見張りやぐらを建て、農夫に任せて
旅にでました。

 私たちの人生は、このぶどう園のようです。神様が私たちに必要なすべての
ものを備えてくださるのです。当たり前ということはないのです。与えてく
ださる神様に毎日感謝して歩みたいと思います。

 収穫の時期になり、主人が収穫の分け前を取りにしもべを行かせました。
しかし、農夫は暴力をふるい、しもべたちを殺しました。息子ならと息子を
行かせると、「あととりを殺せば自分たちのものになる」と息子まで殺しました。
彼らは、なぜこんなことをしたのでしょう。ぶどう園の「所有者は主人であって、
自分たちではない、自分はただ任されているだけ」ということが抜けていたのです。

 私たちも、神様に主権があるのに、自分が主人となり、、賜物や能力や家族や
友人などまかせてくださっているのに、自分のもののようにしていることは
ないでしょうか。

 神様の愛は、計算に合わないことをされます。ぶどう園の主人があんな農夫を
信頼し、期待し、何度も悔い改めるのを待っていたように、私たちを信頼し、
期待し、忍耐し、悔い改めることを待っておられるのです。

 息子であるイエス様を送り、十字架上で殺されることが分かっているのに、
私たちを救うためにそうしてくださったのです。神様の驚くべき愛は、
あなたにも注がれています。



















 英会話のアリーシャ先生が今月で任期を終え、来月帰国されます。一品持寄りで
お別れ会が開かれました。

 素敵な歌声、忘れません(^^)v アリーシャ先生、ありがとうございました!
そして、お疲れ様でした♪カナダでもお元気で!



2017年3月20日月曜日

『ヨセフの見た夢』

 3月19日の礼拝は、『ヨセフの見た夢』というタイトルで高尾牧師より
メッセージを取り次いでいただきました。旧約聖書、創世記37章1節~11節。

 ヤコブは、12人の息子の中で、11番目のヨセフを特別に愛しました。ヨセフ
だけが袖付きの長服を着せてもらい、ほかの兄弟が汗水流して働いていても、
遊んで過ごしていました。そのため、ヨセフは、甘やかされた、無神経な
人間に育ちました。

 兄たちの悪い噂を父親に告げ口したり、自分の見た夢を言いふらし、兄たちが
どう思うか、全く考えませんでした。ヨセフにとって、長服は父親の愛のしるし
でしたが、その偏った愛によって、自分が特別な息子だと錯覚したのです。
他の兄たちと比べることによって、自分のアイデンティティを見出そうとした
のです。

 ヨセフの見た夢は、畑で兄たちの束が自分の束にお辞儀をした、というものと、
太陽と月と11の星がヨセフを伏し拝んだというものでした。夢は、神様が
ご自身の御旨を示されるものでした。しかし、その内容は兄たちにっとっては
腹立たしいもので、ヨセフは彼らの妬みと怒りによってエジプト商人へ売り
とばされてしまいます。しかし、後に、大飢饉で食べ物がなくなった時、エジプト
で大臣になったヨセフのもとに、兄たちが穀物を求めてひれ伏す、、という形で
その夢は実現しました。 

 一見、どうしてこんなことが・・・と思うようなことがあっても、神様の
ご計画の中には、神様の愛と善意が満ちています。神様は、私たちの人生も
導いてくださる方です。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく
知っているからだ。主の御告げ。それはわざわいではなくて、平安を与える計画
であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ29:11