2015年5月31日日曜日

『神の備えと刈り取り』


 本日のメッセージは、旧約聖書、創世記29章1節~30節。『神の備えと刈り取り』
というタイトルで高尾牧師よりメッセージを取り次いでいただきました。

 ヤコブは1000kmの旅をして、叔父ラバンのいるハランの近くまできました。そして、
井戸でラバンの娘ラケルと出会ったのです。彼女は父親を呼んできました。ヤコブは
1人で旅を続け、やっと親戚と出会うことが出来てどんなに嬉しかったことでしょう。

 神様は、孤独な旅を続けていたヤコブに、先回りして良いものを備えてくださったのです。
将来が分からない私たちにも、神様は良いものを与えていてくださるお方なのです。

 ハランで一か月が経ち、ヤコブの働きに対してラバンは「何が欲しいか」と聞きました。
ヤコブは「ラケルを嫁にください。彼女のために7年間働きましょう。」と言いました。
そして、結婚式の夜、連れてこられたのは、なんと、姉のレアだったのです。ヤコブは
だまされたのです。ラバンは「姉より妹が先に結婚することは許されない」と言ったので、
ヤコブはラケルを嫁にするためにもう7年間働かなくてはなりませんでした。
 
 父や兄をだました自分が、今度はだまされたのです。このことを通して神様は、何を
教えようとしておられるのでしょうか。神様は、ヤコブのずるいところ、人をだましてでも
自分が得をしようとする弱さをつくりかえるために、自分がだまされるという経験を
させられたのです。

 ヤコブにとって辛いことでしたが、神様はヤコブを愛しておられるので悪いところを
そのままにされなかったのです。

 神様は、私たちの弱いところも取り扱ってくださいます。イエスキリストに似た者へと
造りかえてくださるのです。


 





2015年5月25日月曜日

第3回☆きらきら☆

5月22日(金)、第3回☆きらきら☆がありました(^^)v













 次回は、6月12日(金)です!(^^)!



2015年5月18日月曜日

『神との出会い』


 5月17日の礼拝は、『神との出会い』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。
 
 旧約聖書、創世記28章10節~22節。兄エサウと父ヤコブをだまして祝福を手に
入れたヤコブは、兄エサウから恨まれ、住み慣れた家を出なければなりませんでした。
何一つ不自由がなかった生活を失い、たった1人で石を枕にして眠るようになり、
ヤコブは寂しさと不安でいっぱいでした。

 そんな時、神様が夢の中でヤコブに現れてくださったのです。

 天からはしごが降りてきて、天使が上ったり下りたりしていました。それを見ている
ヤコブのそばに神様が立ち、父イサクと同じ祝福の約束をしてくださいました。しかも、
「決してわたしはあなたを捨てない」と、言ってくださったのです。

 私たちもヤコブのように、どうしていいか分からない、と思える時があります。しかし、
イエスキリストは、ご自分の方から私たちに近づき、救いを与えてくださるのです。この
天からのはしごというのは、天から来て下さったイエスキリストのことを指しています。

 イエスキリストは、神様と私たちの懸け橋となってくださり、祝福を与えてくださったのです。

 ヤコブは、神様に個人的に出会って、心からの感謝と献身の思いを表しました。
信仰は、神様が与えてくださるものです。


 本日は、草加福音自由教会のクリーンデイでした。総務部を中心として、ご奉仕
くださった方々に感謝致します。

 また、礼拝の中で、献児式が行われました。

















CS子どもフェスタが6月6日(土)!
みんな集まれ~♪


2015年5月9日土曜日

第2回☆きらきら☆


 











 5月8日(金)、第2回☆きらきら☆は、5人の子供たちとそのお母さんが集って
くださいました。母の日も近いということで、みんなで工作遊びをしましたよ!(^^)!

 上手に出来ました♪ご飯も美味しく食べました♪次回は、5月22日(金)です!





2015年5月5日火曜日

『嵐の中で』


 5月3日の礼拝は、アジアンアクセス宣教師の、ジェフリー・ソネンバーグ師による
メッセージでした。

 25年前、英会話宣教師として草加福音自由教会にカナダからきたジェフリー先生。
現在は、日本の人々にイエスキリストの希望を伝えるために、大きなビジョンを持って
働かれております。

 新約聖書マルコの福音書4章35節~41節。湖で嵐に遭った時のイエスキリストと
弟子たちの話です。

 激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水でいっぱいになり、弟子たちが溺れそうに
なっている中、イエスはとものほうで眠っていました。弟子たちはパニック状態になり、
イエスを起こして言いました。「先生。私たちが溺れて死にそうでも、何とも思われない
のですか?」

 イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われました。すると
風はやみ、大なぎになりました。そして弟子たちに言われました。

 「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」

 イエスキリストと共におられるならば、たとえ嵐の中でも踊れるはず。何も心配する
ことはないのです。どんな状況でも、なにがあっても、おそれることはないのです。
イエスキリストが共におられるならば、何があっても、喜び、平安を持つことが
できるのです。そこに希望があるのです。

 今日という一日は、私たちの人生において、どういう一日でしょうか。ともにおられる
イエスキリストを見失うことのないよう、力強く歩んでいきたいです。

(・・・・・ジェフリー先生、壇上で披露してくれたダンシング♪は、あれ、きっと、、、
 カチャーシーですよね!!(^^)!