2016年9月18日日曜日

敬老の祝会

敬老の日より1日早く、9月18日の午後に教会員一同で、恒例の「敬老の祝会」を催しました。


草加教会には信仰の大先輩たちがたくさんおられます。生き生きと信仰生活を送っておられるご様子にみんなが勇気付けられています。
みなさん、どうぞこれからもお元気でお過ごし下さいね!









2016年9月12日月曜日

『聖徒の交わり』


 9月11日の礼拝は、『聖徒の交わり』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。

 

 使徒信条の「聖徒の交わり」からです。キリスト教は、交わりの宗教と言われます。

私たちには罪があり、神様に近づくことも出来なかったのに、イエス様が十字架の上で
私たちの罪の罰を身代りに受けてくださいました。だから、私たちの罪は赦され、神様の
子どもとされ、神様と親しい交わりが持てるようになったのです。

 そして、神様にあって家族となった兄弟姉妹とお互いに交わりを持って生きるように
されたのです。

 とはいえ、私たちは罪赦された罪人です。問題が出てくることもあります。だからこそ、
まずはイエス様がくださる豊かな愛を自分が十分に受けて、イエス様から愛をもらって
他の人を愛するのです。

 「聖徒の交わり」とありますが、聖書でいう「聖徒」とは、特別な聖人ではなく、「神様の
ものとされた者」という意味があります。イエス様を信じる者はすべて聖徒なのです。
そして、この「交わり」とは、「共有する、共に」という意味があります。

キリストを信じることによって与えられる恵み(罪の赦し、神の子どもとしての特権、
永遠の命、天の住まい、聖霊、平安、希望、神様への奉仕、使命、喜び、約束、心
からの賛美、祈りあう友など)を、礼拝や様々な機会を通して、共に味わうのです。

そして、自分に与えられている賜物を生かして用いるのです。賜物は、自分のためで
なく、お互いのために使うことによってはじめて生かされるのです。

 イエス様の十字架の贖いによって、神様の子とされた私たちは、お互いのために
賜物を用いて仕え合い、交わりを喜ぶことが出来ますように。













2016年9月5日月曜日

『どうしても必要なこと』


 9月4日の礼拝は、『どうしても必要なこと』というタイトルで高尾牧師よりメッセージを
取り次いでいただきました。
 
 


 新約聖書ルカの福音書10章38節~42節。イエス様がエルサレムに行かれる時は、
いつもベタニアのマリヤとマルタの家に泊まられました。マルタは大喜びで迎える準備を
し、イエス様と弟子たちが来られると、食事や寝るために忙しく働きました。

 一方、マリヤは、イエス様の足元に座り、話に耳を傾けました。マルタは忙しく使える
ことによって、マリヤはイエス様の御言葉に耳を傾けることによって、それぞれ「おもて
なしの心」を持って、迎えたのです。

 しかし、しばらくすると、マルタはいろいろもてなしのために気が落ち着かず、イエス様に
「マリヤが何もしないのをなんとも思われないのですか?手伝うように言って下さい。」と
言いました。マルタは、喜んで始めたのに「あれもしなければ、これもしなければ」と焦り、
疲れ、イライラして思い煩い始めたのです。

 そうなると、喜んで仕えることが出来ず、「自分はこんなにしているのに、あの人は
していない。」と、他の人を批判するようになってしまいます。そんなマルタにイエス様は
「どうしても必要なことは一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。」と
言われました。

 マリヤがしていたことは、イエス様の傍に寄り、御言葉を聞くことです。みんなが奉仕を
せず、御言葉に耳を傾けることだけをしたら、大変なことになります。しかし、御言葉を
聞くことをやめてしまうと、いくら奉仕をしても、イエス様のためではなく、自己実現や
自己主張のためにして、評価や見返りを求めてしまうだけになります。

 そうした心から抜け出す方法は、ただ、御言葉に耳を傾けるだけなのです。イエス様は、
マルタにそのことを教えようとされました。忙しく奉仕されたイエス様も、父なる神様に
祈り、御言葉を聞くことから始められたのです。

 御言葉を聞くことも、奉仕をすることも、どちらも大切なことです。喜んで奉仕出来る
よう、イエス様、あなたの御言葉にいつでも耳を傾けていられますように。Amen.